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高野山 ミシュラン・グリーンガイド・ジャパン三ツ星 欧米人が急増 瞑想体験など [世界遺産]

今年の中国の旧正月である春節は、7日から始まり今日までの7日間でした。

最近、流行語ともなった中国人の爆買いが東京や大阪でも見られ、連日、テレビニュースとして放送されています。

爆買いはともかく、外国人の観光客増加現象は、東京・大阪のみならず、全国で現れています。

そんな現象が、世界遺産の和歌山県高野山でもあるとして、今日の読売テレビの番組「あさパラ!」で紹介していました。

およそ1200年前に弘法大師によって開かれた真言密教の修業道場で、高野山真言密教の総本山です。

昨年には、4月2日~5月21日の50日間、高野山開創1200年記念大総会を執り行いました。

そんな高野山が、今、外国人から注目されているのです。

フランスのミシュラン・グリーンガイド・ジャパンに三ツ星で掲載されていたり、アメリカの有名旅行雑誌に、「2015年絶対に訪れるべき場所」として、世界20大観光地に日本で唯一選出されているのです。

これらにより、外国人旅行者、特に、欧米人から人気を集め急増しているとのこと。

現在、高野山には、寺院117ヶ寺、その内、宿坊寺院は52ヶ寺があります。

そんな中、宿坊寺院の内で外国人に人気のある宿坊がありました。

それが「恵光院」という宿坊です。

なぜ、「恵光院」が選ばれ人気があるのか。

それには秘密があったのです。

ここ「恵光院」では、瞑想体験・写経体験・護摩祈祷など、イベントの多さが人気の秘密なのだそうです。

実際、番組スタッフが訪れた際も、外国人観光客が瞑想体験が実施されていました。

英語を話せる僧侶が説明し、阿字観瞑想という真言密教で最も基本的な瞑想法を体験していたのです。

宿坊に泊まれば、誰でも体験することができるそうです。

瞑想体験など以外でも、

精進料理の食事

夕食後の高野山のメインスポット「奥の院」ナイトツアー

などが体験でき、外国人には興味津々で大満足できるそうです。

私は高野山には十数回訪れていますが、行く度に何かを感じる不思議なパワースポットです。

又、行ってみたいと思いました。

高野山真言宗総本山金剛峰寺の公式サイトはこちらです。
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石見銀山 世界文化遺産 龍源寺間歩 日本最大の銀山 大迫力の石見神楽も [世界遺産]

何年前のことだったろうか、石見銀山を訪ねたのは。

私達夫婦は久しぶりにバスツアーに参加し、広島の原爆ドームや宮島を巡るコースに含まれていた石見銀山を訪れました。

石見銀山が2007年に世界文化遺産に登録されてすぐの頃だったと思います。

石見銀山は、かつて世界の3分の1の銀を産出した日本最大の銀山だったそうです。

江戸時代の最盛期には銀山周辺には20万人が生活していたと伝えられています。

周辺には、

大田市大森銀山伝統的建造物群保存地区

石見銀山遺跡の龍源寺間歩(りゅうげんじまぶ)

石見銀山世界遺産センター

など見所があります。

又、有福温泉では、今、毎週土曜日の夜に夜神楽の定期公演が開催中とのこと。

石見地方の秋祭で繰り広げられる大迫力の神楽囃子や舞の石見神楽を楽しむことができます。

そんな石見銀山の食事処が、昨日、読売テレビの旅番組「クチコミ新発見!旅ぷら」で紹介されました。

そこは「御食事処 代官」という焼肉店なのです。

ここで提供される人気料理「代官鍋」とは、江戸中期に代官として石見銀山に赴任してきた井戸平左衛門の功績を称えて名付けられたものだそうです。

50年前から受け継がれている焼肉ともう一つの料理を加えた贅沢な鍋です。

5ヶ所ある鉄板で焼肉を、そして、中心の鍋で野菜の水炊きをとそれぞれを楽しむことができます。

牛、豚、鶏ミックス(要予約)一人前2160円。

世界文化遺産と美味しい食事を楽しめる石見銀山を訪れてみてはいかがでしょうか。

石見銀山世界遺産センターの公式サイトはこちらです。

石見銀山(銀山ぶらり)のサイトはこちらです。

「御食事処 代官」の公式サイトはこちらです。

出雲・大田・石見銀山ホテル・旅館(楽天トラベル)のサイトはこちらです。


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「沖ノ島」 世界文化遺産推薦候補決定 神宿る島 国宝8万点 海の正倉院 女人禁制 [世界遺産]

昨日、NHKテレビを観ていたところ大変興味深い放送がされていました。

それは、「沖ノ島」を紹介した内容で、私がまったく知らない世界でした。

「沖ノ島」は、宗像(むなかた)・沖ノ島と関連遺産群として今年の世界文化遺産の推薦候補に決定したとのこと。

そのほどの島とはどのようなものか、放送の内容の一部を紹介します。

「沖ノ島」は、九州本土から60km離れた玄界灘に浮かぶ島で周囲4kmの小さな島です。

宗像市の港から高速船(海上タクシー)で約1時間かかるそうです。

しかし、「沖ノ島」は神宿る島と言われ、島に上陸することは基本的に禁止されています。

「沖ノ島」全体が宗像大社のご神体とされているからです。

いるのは宗像大社の神職一人だけです。

神職は、宗像大社総社から10日間交代で派遣されているのです。

次の神職が来るまで無人島にたった一人で神様にお仕えしているのです。

宗像大社とは、

ご神体は、天照大神の三人の娘、田心姫神、湍津姫神、市杵島姫神で宗像三女神と呼ばれています。

宗像市にある宗像大社辺津宮には長女の市杵島姫神が、大島にある宗像大社中津宮には次女の湍津姫神が、「沖ノ島」には三女の田心姫神がそれぞれ祀られています。

「沖ノ島」に渡る場合は、事前に辺津宮と中津宮に参拝することが古くからの習わしになっています。

ですから、日本で一番神聖な島なのです。

さて、「沖ノ島」には島に入るための禁忌があるので必ずを守らなければなりません。

第1の掟 島に入る者は一糸まとわぬ全裸で海に入り禊(みそぎ)をすること。

第2の掟 島に入れるのは男性のみ(女人禁制)。

第3の掟 島にある一木一草一石たりとも島の外には持ち出さない。

第4の掟 「沖ノ島」のことは話さない。

こんな掟が島の宝を守り続けたのです。

こんな背景のもと、1954年に初めて学術調査が入り何と8万点に及ぶ国宝が発見されたというのです。

「沖ノ島」の原生林の奥深くに田心姫神を祀る沖津宮があります。

その近くに集まる巨大な岩々の存在が明らかになりました。

それは、その一帯を中心に神に祀りを捧げたあとである23ヶ所の祭祀遺跡が発見されたのです。

1000年以上も手付かずのまま残った遺跡は世界的にも珍しいそうです。

九州と朝鮮半島を結ぶ「沖ノ島」は、古くから交易や外交で重要な位置にありました。

一方、玄界灘は荒れると恐ろしい海となります。

その為、人々は「沖ノ島」の神に航海の安全や国の繁栄を祈り沢山の宝物を捧げましたのではないかと考えられています。

8万点もの国宝が発見されたことから「沖ノ島」は海の正倉院とも言われています。

又、島には今も数知れない宝物があちこちに眠っているそうです。

私自身、このような神宿る島「沖ノ島」の存在すら知りませんでした。

番組を観て、是非、世界文化遺産に登録されることを願うようになりました。

「沖ノ島」(福岡県)のサイトはこちらです。
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飛騨「白川郷」 世界遺産 合掌造り 日本の原風景 草木染、わら草履作り体験  [世界遺産]

昔から行ってみたいと思っている所があります。

ところが、なかなか行く機会がなく現在に至っています。

それが「飛騨の「白川郷」なのです。

「白川郷」といえば合掌造りとこだまのように返ってきそうで、それだけポスターなどでもお馴染みとなっています。

私は、その合掌造りに当然興味がありますが、それ以上に霊峰白山を背にした日本の原風景ともいえる景色に心から身を置きたいのです。

何やら、昔の田舎を思い出しそうで。

そんな郷愁のある「白川郷」は、今から20年前の1995年に世界遺産に登録されています。

「人類の歴史上重要な時代を例証するある形式の建造物、建築物群技術の集積、または、景観の顕著な例」としてだそうです。

合掌造りは、そこに暮らす人々の生活から生まれた知恵と技が培ったものです。

その合掌造り集落群は白川村の北側にある荻町地区にあります。

日常的に多くの観光客が訪れています。

荻町地区では、観光客に楽しんで貰うべく「草木染め」や「そば打ち」、「わら草履作り」などの体験が出来ます。

又、食事処も数多くあり、ゆっくり楽しめます。

さらに、「白川郷」をじっくりと楽しみたい観光客のために合掌造りの建物を利用した民宿があります。

昔からの知恵の結晶ともいえる合掌造りの建物に宿泊して世界遺産を肌で感じるのも良いのではないでしょうか。

永年の宿題となっている飛騨の「白川郷」、必ず、行ってみたいものです。

ひだ「白川郷」(白川村役場)の公式サイトはこちらです。

「白川郷」(楽天トラベル)のサイトはこちらです。


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南紀の旅 熊野三山(本宮大社、速玉大社、那智大社) 熊野三湯 勝浦温泉 ホテル浦島  [世界遺産]

暑い日が続いていましたが、ここ最近は少し過ごしやすくなったような気がします。

気のせいでしょうか。

でも、秋の彼岸まではやはり涼しくはなりませんよね。

もう少し頑張らなきゃ。

さて、涼しくなって絶対にしたいのは旅に行くことですね。

これからの時期の旅に和歌山県にある熊野三山はどうでしょうか。

そこで、熊野三山周辺のお勧めスポットを幾つかご紹介します。

熊野三山は、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の神社の総称で、2004年7月に世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」として登録されています。

又、日本サッカー協会のシンボルマークの八咫烏(やたがらす)がここ熊野三山で信仰されていることでも有名です。

今年(平成27年)の7月12日に紀勢自動車道の南紀田辺ICから南紀白浜ICまでが開通しました。

それにより、熊野本宮大社に行くための上富田ICが整備されています。

上富田ICから311号線(朝来街道~熊野街道)を走ります。

途中、熊野三湯と言われる川湯温泉、渡瀬温泉、湯の峰温泉があります。

川湯温泉は、河原を掘ればお湯が涌くことと冬に登場する千人風呂が有名です。

又、湯の峰温泉は日本最古の湯として有名です。

そんな熊野三湯を横目に進んで行きますと熊野本宮大社に到着します。

杉木立に囲まれた158段の階段を上ると境内に。

そこには、4つの神殿があります。

参拝の順序は、向かって右から2番目の本宮から左へ順番にお参りします。

そして最後に一番右の若宮にお参りします。

時間がある人は、産田社、大斎原にもお参りしましょう。

次に、熊野速玉大社へ。

168号線を南下し、熊野川沿いを走れば新宮市に。

熊野速玉大社はそこにあります。

新宮駅から車で5分ほどのところにあり、他の大社と違い市街地の中心地にあります。

参拝を終えれば、いよいよ宿泊地へ。

熊野三山参拝に便利な勝浦温泉があります。

勝浦漁港は、日本有数のまぐろ漁港で、土曜日を除く早朝にはまぐろが沢山並びセリ市が見られます。

その勝浦温泉に「ホテル浦島」があります。

このホテルに宿泊するのにはホテルの専用船で入館します。

そして、何より自慢なのが温泉です。

大洞窟温泉忘帰洞という温泉施設なのです。

入湯すれば、まるで洞窟の中に入ったようで、進んでいくと大きく開いた洞窟からは海が間近に迫ってきます。

さすが、自慢するだけの温泉施設です。

又、夕食はまぐろの町らしく、まぐろを使用した料理が沢山出されます。

ただ、館内は大変広いので迷子に注意を。

ホテルで一夜を楽しんだあとは、熊野那智大社へ。

国道42号線を少し北上すると那智交差点へ。

そこを左折し、県道46号線を進んでいくと遠めながら那智の滝がみえてきます。

その滝が、進むにつれて大きくなっていくのです。

熊野那智大社に到着。

那智の滝は落ち口13m、滝壺までの落差133m、一段の滝としては落差日本一位です。

又、那智の滝は、華厳の滝、袋田の滝とともに日本三名瀑と呼ばれています。

朱色の三重の塔と那智の滝はまさに絵になる風景といえます。

平安後期から多くの人々が参拝に訪れた熊野三山は魅力一杯の旅を提供してくれます。

熊野本宮大社の公式サイトはこちらです。

熊野速玉大社の公式サイトはこちらです。

熊野那智大社の公式サイトはこちらです。

南紀勝浦温泉(楽天トラベル)のサイトはこちらです。


ホテル浦島の公式サイトはこちらです。

ホテル浦島(楽天トラベル)のサイトはこちらです。


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女人高野「慈尊院(じそんいん)」 世界遺産登録 弘法大師の御母公が滞在した寺 [世界遺産]

和歌山県に九度山町というところがあります。

ここに、平成16年7月に世界遺産に登録された「慈尊院」というお寺があります。

「慈尊院」は、弘法大師(空海)ゆかりのお寺で、弘仁7年(816年)に弘法大師(空海)が高野山開創の時に、高野山参詣の要所にあたるこの地に表玄関として伽藍を草創して、一の庶務に司る政所、高野山の宿所、冬期の避寒修行の場所とされてそうです。

弘法大師(空海)の御母公は、空海の故郷である讃岐(現在の香川県善通寺)から、空海に会いに来て滞在したのがここ「慈尊院」でした。

当時は、高野山は女人禁制で女性の人は高野山に登れなかったのです。

そのことから「慈尊院」を女人高野と呼ばれていました。

女人高野と呼ばれる有名なお寺は、「慈尊院」以外には、奈良県宇陀市にある「室生寺」、和歌山県那智勝浦にある「阿弥陀寺」などがあります。

弘法大師(空海)は、御母公に会うため、月のうち9度必ず20数kmある山道を下ってきました。

そのことから、この「慈尊院」がある地を九度山と言われるようになったそうです。

この「慈尊院」は別名おっぱい寺とも呼ばれていて、絵馬には乳房や赤ちゃんの絵が描かれたものや乳房に似せた立体的な絵馬も沢山奉納されています。

それは、弘法大師(空海の御母公が亡くなった後、「慈尊院」に祀ってある「弥勒菩薩」になったと言われていることから、特に、女の人にご利益があるとされていて、子育てや安産、母乳の出が良くなるようにお参りに来る人は多いそうです。

そして、ここの地九度山は、来年のNHK大河ドラマで登場する真田幸村が隠捿していたところとしても有名です。

以前から、弘法大師(空海)ゆかりの「慈尊院」に一度は行ってみたいと思っていました。

「慈尊院」(九度山町役場)のサイトはこちらです。
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軍艦島(端島) 世界文化遺産登録勧告 テレビ番組それマジニッポンで紹介される [世界遺産]

今年(2015年)5月に、国際記念物遺跡会議(イコモス)が「明治日本の産業革命遺産」に登録するよう勧告しました。

松下村塾を始め、全国で8県23資産が対象です。

フジテレビの「クイズ!それマジ!?ニッポン」という番組で、緊急課外授業として登録勧告されている一つである「軍艦島」が取り上げられました。

「軍艦島」は、正式には端島と言い、長崎港から約17.5kmの位置にあります。

元々、端島は南北320m、東西120mの小さな島でありましたが、6回にわたる埋立工事によって約3倍の面積になりました。

「軍艦島」は、「明治日本の産業改革遺産」とされていますが、「軍艦島」で産業改革(炭鉱)を始めたのは大正時代で、明治時代には未だ活動されていなかったそうです。

では、なぜ、「軍艦島」は産業革命遺産になったのでしょう。

明治時代に島の防波堤が作られたからだそうです。

この防波堤がなければ、「軍艦島」としての機能が果せなかったとされています。

「軍艦島」は、炭鉱で働く人のため人工施設が作られた島です。

当時は、良質な鉄を作るための石炭が必要でした。

九州にある八幡製鉄所でこの石炭が使われていたそうです。

最盛期には、島の人口が5,000人もいて東京の9倍の人口密度でありました。

又、24時間操業であったため、不夜城と言われました。

この炭鉱は海底炭鉱で、地下600mまで下りて作業をしていました。

命がけの作業であったのです。

ですから、作業員の待遇は良かったといいます。

昭和の30年代に「3種の神器」と言われたテレビ・冷蔵庫・洗濯機を持っている家庭は国内で20%前後と言われた時代に、この島では100%の家庭で持っていたそうです。

月収も、今の額にして70万円を稼いでいた人もあったそうです。

日本で初めてと言われた鉄筋コンクリートのアパートの家賃は0円

光熱費は今の額にして10円だったそうです。

では、水道はどうしていたのでしょう。

日本初の海底水道を作ったそうです。

その他に、島にあった施設として、

病院

理髪店

映画館

デパート(地下にあった)

学校(小・中学校) 最大800人が通っていた

プール(1958年完成の海水プール)

郵便局

交番(牢屋もあった)

パチンコ屋

神社(毎年4月には山神祭が行われていた)

などがありました。

こんな小さい島に、必要とするものは全てあったのです。

そして、1974年、国のエネルギー政策によって廃墟となったわけです。

明治から昭和に至る歴史が残るこの島を今のままで後世に残したいものです。
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姫路城はなぜ白く見えるのか 所さんの目がテン!で解説 [世界遺産]

日本テレビ「所さんの目がテン」という番組で、「姫路城が白すぎる理由」について検証していました。

世界遺産の姫路城は、今年、6年に及ぶ改修工事を終えて築城当時の姿に蘇りました。

姫路城は、池田輝政が徳川家康の命を受け8年をかけて大改修を行い、1609年に広大な城郭を築いたそうです。

その目的は、西側大名を抑えるためのものでありました。

現在まで、何度も大改修を行っています。

さて、本題に戻りますが、なぜ、姫路城は白く見えるのかということです。

姫路城は、壁だけではなく屋根まで白いのです。

屋根が白い秘密は、瓦が白いわけではなく白いしっくいにあります。

瓦の上にしっくいを格子状に塗られているため白く見えるそうです。

では、なぜ、白く見せたのでしょうか。

屋根にこのようなしっくいを施せば、莫大なコストがかかるのです。

考えられる一つの理由として、城主が威厳を見せ付けるためではないかとのことでした。

白色は、目の錯覚で物が大きく見えるそうです。

昔から、白色が大きく見えることは知られていたとのことで、碁石の白は黒より小さいことで証明されると言っていました。

これで、なぜ、姫路城は白く見えるのかという問題は解決しました。

次に、番組では、お城の敵からの防御策について、色々仕掛けをされている所を説明していました。

幾つかありましたが、その一つは、

天守閣に近づくと行き止まりのように見える場所があり、城壁が右に弧を描いているので心理トリックで人は城壁に沿って右に行きたくなります。

しかし、右に行くと、そこは崖になっていて落下してしまうように仕掛けされています。

人間の心理の裏をかいた仕掛けだそうです。

そして、最後に姫路城の7つの防御の仕掛けを紹介していました。

1.扉は二重構造(鉄製で作られている)

2.流しという所がある(篭城用のもの)

3.篭城用のところにトイレがある

4.石落とし(石垣を登ってくる敵に石を落とす)

5.階段の扉がある

6.武具かけがある

7.最上階に幻の窓があったが埋められた(改修工事の際に発見されたそうですが、大砲が天守閣まで届くことが分かったため窓は埋められた)

以上、番組で紹介のあった幾つかを書いてみました。

姫路城は、まだまだ謎は多いと思いました。
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松下村塾 大河ドラマ「花燃ゆ」 世界遺産候補地に推挙される [世界遺産]

今月、山口県萩市にある「松下村塾」が世界遺産候補地として推挙されたというニュースを観ました。

「松下村塾」といえば、現在放送中のNHK大河ドラマ「花燃ゆ」の舞台でもあります。

「松下村塾」イコール吉田松陰というイメージがありますが、元々は、天保13年(1842年)松蔭の叔父の玉木文之進が自宅で私塾を開いたのが始まりです。

その後、松蔭の外伯父の久保五郎左衛門が継ぎ、安政4年(1857年)に松蔭が継いだのです。

ですから、初めて私塾を開いてから松蔭が継ぐまで15年経過しているのです。

そして、松蔭は1858年に再び投獄されますので、松蔭が松下村塾で講義していたのは1年余りほどとなります。

「松下村塾」は松蔭神社の境内にあり、修復された当時の建物があります。

50㎡ほどの木造の平屋建の建物で、小さく区切られた3~4間、土間となっています。

吉田松陰は、ご存知の通り、天保元年(1830年)に萩藩士杉百合之助の次男として生まれ、安政6年10月27日、安政の大獄で松蔭数え年で30歳のときに殉節されるまで、維新志士達を多く輩出した有名な人物です。

松蔭は、身分の分け隔てなく塾生を受入れ、その内には、久坂玄瑞や入江九一、初代内閣総理大臣となった伊藤博文、高杉晋作などがいました。

「松下村塾」は、今年、大河ドラマに取り上げられたり、世界遺産候補地として推挙されるなど注目の地となっています。
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高野山(開創1200年) 奥の院まで歩いてみよう [世界遺産]

ご存知ですか。

今年(平成27年)は、弘法大師(空海)が高野山(こうやさん)に真言密教の道場を開いてから1200年目になります。

この記念大法会が4月2日から5月21日までの50日間行われるそうです。

高野山はご承知のとおり、平成16年7月7日に高野山町石道と三内の6つの建造物が「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されました。

世界遺産に登録された建造物は以下の通りです。

壇上伽藍
奥の院
金剛峰寺
大門
徳川家霊台
金剛三味院

その建造物の一つに「奥の院」があります。

そこで、奥の院に行ってみようと思います。

奥の院には一の橋(奥の院入口)から入ります。

今は車で来られる方は、中の橋駐車場から入られる方が多くなりましたが、正式には一の橋から入ります。

一の橋を渡る前に一礼します。

一の橋を渡ると参道があります。

奥の院までの参道には供養塔などの墓碑が20万基以上あるそうです。

そのうち、6割程が大名などの墓所と言われています。

この供養塔などは、巨石が積みあがった形をしていて五輪塔と呼ばれています。

五輪塔は、仏教の「地」・「水」・「火」・「風」・「空」の五大を表しているとされています。

また、この五輪塔には梵字をみることができます。


それでは、参道を歩いてみましょう。


参道に入ると、樹齢何百年の杉木立が迎えてくれます。

高野山は、夏のシーズンでも下界より気温が5度以上下がると言いますが、奥の院の参道はさらに気温が下がっているようです。

奥の院までの約2kmの間には、有名な武将や歴史上の人物などの供養塔、五輪塔があります。

例えば、

曽我兄弟と河津三郎
上杉謙信、景勝
武田信玄、勝頼
伊達政宗
石田三成
明智光秀
市川団十郎
豊臣秀吉
織田信長
浅野内匠頭

などなどがあります。


ゆっくりお参りしながら奥の院に向かいましょう。


奥の院までの参道の中間あたりに「中の橋」があります。

その先に、「汗かき地蔵」、「姿見の井戸」などがあります。

汗かき地蔵は、世の中の人々の苦しみを身代わりとなっているので、いつも汗をかいていると言われています。

又、その近くに「姿見の井戸」があり、その井戸は高野七不思議の一つで、この井戸を覗いて自分の顔が映らなければ三年以内に死ぬと言われています。

怖いですね。

でも、昔は、この井戸水で目を洗えばどんな病気も治ると言われたとか。


もう少し歩きますと御廟の橋に着きます。

御廟の橋の手前で一礼します。

橋を渡りますと「弥勒石」があります。

小さな祠の中に置かれている黒い石が弥勒石です。

祠の一面だけに片手が入るようになっていて、弥勒石に触れるようになっています。

祠の中は二段になっていて、下の段に置かれている弥勒石を上の段に持ち上げれば願いが叶うとか、罪深い者は待ち上がらないとかいろいろ言われています。


そして、いよいよ弘法大師の御廟です。

御廟と燈籠堂は世界遺産に登録されています。

空海(弘法大師)は、835年に入定(宗教的瞑想)に入られ、弟子たちは入定した空海を御廟の地下にある石室に移して生前と同じようにおしかえしていたそうです。

現在でも、毎日、食事を届けているとのことでした。


御廟で心やすらかにお参りし、すがすがしい気持ちで高野山を後にしました。


又、訪れたいと思っています。


高野山のサイトはこちらから



もし、遠方から行かれるなら、宿泊情報をご用意しましたので、チェックしてみてくださいね。


高野山周辺の宿泊情報はこちら


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