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お花見の始まり 奈良時代は梅? 平安貴族と桜 今の花見の起源は徳川吉宗!?  [日記]

春の代名詞ともいえる桜は現在北に向かって進行中。

大阪にある造幣局の桜の通り抜けも開催中です。

そして、桜といえばお花見ですが、一体、いつ頃から始まったのか、まったく興味もなく知りたいとも思っていませんでした。

ところが、先日、テレビの情報番組でお花見の始まりについて紹介されていました。

それによりますと、奈良時代に中国から渡ってきた梅を大題として貴族らが短歌などで詠んだのが始まりとされ、その後、平安時代になると貴族らは桜の歌を多く詠むようになったそうです。

では、今のようなお花見を庶民が楽しむようになったのは、といいますと、

時は江戸時代、暴れん坊将軍でお馴染みの八代将軍徳川吉宗の頃からだとのこと。

吉宗公といえば、三大改革のうちの一つである享保の改革を行った将軍。

享保の改革の一つには倹約と増税がありました。

農民には農政の安定政策として年貢を強化し五公五民に引き上げたのです。

つまり、農民に対し税金50%という大変な負担を押し付けたのです。

当然、そのままでは農民らの反発は免れません。

百姓一揆など起こりかねません。

そこで、吉宗公は一計を講じたのです。

吉宗公は、江戸の隅田川の堤や飛鳥山、御膳山などに桜を植えさせ、さらには、それらの場所に花見客用の飲食店を作らせ桜の咲く約2週間の間、料理やお酒を無料で振る舞ったとされています。

これが現在の形のお花見の起源だといわれているのです。

桜の花吹雪の下で家族や友人達と飲食する、

日本人に生まれて良かったと思う瞬間ではないでしょうか。

お花見にもこんな歴史があったと知り驚きました。








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